ジョブ・クラフティング|キャリア構築のヒント
対象:仕事世界参入期および初期キャリアにある若年層(20代前半~30代前半)
皆さん、こんにちは。リベラルアーツのeスクール「リベラーツ」で皆さんの知的な伴走者を務めています、文化人類学者のいとばやです。コロナ禍の時、思いついて国家資格キャリアコンサルタント(CC)を取得しました。その資格と経験を伝統産業の人材育成や後継者問題の研究や支援に活用しています。
私が長年研究してきたアジアの伝統産業では、モノづくりを通して人と人、人とモノとの間に強固な「ご縁」が結ばれます。この「ご縁」は、技術の継承やコミュニティの維持といった、目に見えない価値となって現れます。
さて、皆さんが歩み始めたキャリアの初期段階――エドガー・シャイン(Schein, E. H.)のキャリア発達段階でいうところの「仕事世界参入」や「初期キャリア」に当たるこの時期は、まさに皆さんが社会との「ご縁」を結び、自らの自我同一性(アイデンティティ)を確立する最も重要な冒険の時です。

しかし、現代の若年労働市場は、その冒険を脅かす二重のリスク構造を抱えています。一見、個人の不満や意欲の問題に見える「早期離職」も、その背景には、組織や社会のダイナミクスが複雑に絡み合っています。
本記事では、キャリアコンサルティング(CC)の知見と学術的な統計を基に、この初期の不安定さを乗りこなし、「なんとなく辞める」という高いコストを伴う選択 を避け、自律的に定着と成長を両立させるための3つの技術を、私のような文化人類学者が培ってきた「問いを立てる力」をもって探求していきましょう。
I. キャリア初期に直面する「二重の構造的リスク」
あなたが今、感じている仕事への「違和感」や「不安」は、決してあなた一人の問題ではありません。それは、現代の労働市場が若年層に対して生み出している、構造的な脆弱性なのです。
1. 離職の常態化と労働市場での「弱者化」
若年労働市場の動向を示す統計は、キャリア初期の不安定さを明確に示しています。新規大学卒業者の就職後3年以内離職率は32.3%(2020年3月卒業者)と、長期間にわたり高水準で推移しています。この「早期離職の常態化」は、個人のキャリアの土台を脆弱化させるだけでなく、企業にとっても莫大な採用・育成コストの損失を招く深刻な課題です。
さらに、労働市場が厳しくなると、若年者ほど影響を受けやすく「弱者化しやすい」 という傾向があります。実際、2023年の完全失業率を見ると、総数(2.6%)と比較して20~24歳が4.2%、25~29歳が4.1%と、明らかに高い水準にあります。
2. 経済的リアリズムと貧困リスクの固定化
CCがキャリア形成支援を行う上で常に意識すべき観点に、「現実の制約、現実原則」 があります。すなわち、「人は生きるために働かなくてはいけない」 という最大の制約です。近年、物価高騰を背景に「賃金・労働条件」を離職理由として重視する「経済的リアリズム」 が強まっていますが、これはまさにこの現実原則を若者が直視した結果です。
この現実に目を向けたとき、早期離職がもたらす最大の警告は貧困リスクです。相対的貧困率のデータでは、特に男性の20~24歳が最も貧困率が高い年齢層となっていることが確認されています。低学歴者の高年齢化に伴い貧困率が上昇する傾向 もあることから、「なんとなく辞める」という行為は、後のキャリア形成の基盤となるべき時期に、経済的な脆弱性を決定づけてしまう危険性を示唆しているのです。
II. 早期離職を駆動する二つのメカニズム:ショックと空白の構造
なぜ、若年労働者は早期にキャリアを断念してしまうのでしょうか。そこには、構造的なギャップと、それに伴う心理的なメカニズムが複合しています。
1. 心理的要因:リアリティ・ショックと「沈黙の声」
早期離職の直接的な要因の一つが、入社前の期待と入社後の現実との間に生じる「リアリティ・ショック」です。日本では職務範囲が無限定なメンバーシップ型の雇用慣行が依然として強く、若手は丁寧な指導や「やりがいのある仕事」を期待するにもかかわらず、実際は雑務中心であったり、採用条件と職場の環境に大きな乖離があると感じたときに、ショックが発生します。
若年層の離職理由として、「仕事が自分にあわない」「人間関係がよくなかった」「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」といった項目が上位を占めるのは、リアリティ・ショックと密接に関連しています。
特に深刻なのは、若年層ほどメンタルヘルス不調のリスクが高いにもかかわらず、評価を懸念して「沈黙の声」に陥り、SOSを発信できないことです。CCには、こうした組織や人間関係のダイナミクスに潜む問題(組織の問題)、すなわち若年者が口にできない不満や不安を「ナナメの関係」から感知する感度 が求められています。
2. 構造的要因:「能力開発の空白」と強いられる自律
もう一つの決定的な要因は、若年者が「成長実感」を得られない「能力開発の空白」 です。企業主導型のOJT機能がかつてほど機能しなくなっている現状に加え、正社員と正社員以外の若年労働者との間で、職場での職業能力開発の機会に格差が見られる という課題も指摘されています。
若年層は「自分の能力・個性が生かせる」ことや「自己成長への意欲」を強く持つ世代であるにもかかわらず、この成長意欲が満たされないと、組織コミットメントが低下し、離職を誘発します。
さらに、組織は「キャリア自律」を求めながら、十分な育成支援を提供できないことが多く、若年層は「強いられる自律」に陥るリスクがあります。この「強いられる自律」から脱却し、主体的なキャリアのオーナーになることこそが、CCが支援すべき「職業生活設計」 の核心です。
III. 現実の制約を「ご縁」に変えるための3つの自律技術
組織や社会のダイナミクス(組織的問題、社会的問題) によって生じる「現実の制約」は、容易に変えられません。しかし、私たち文化人類学者は、制約に対して「それは本当に現実原則か」と問いかけ、相談者とともに制約のほうを変化させる工夫** を探るべきだと考えます。
若年者が「強いられる自律」から、自分の人生を豊かにする「主体的自律」へと移行するために、CCの知見に基づき、リアリティ・ショックと能力開発の空白に直接対処する以下の3つの自律技術を実践してください。
技術1:ジョブ・クラフティングによる「仕事の意味の再構築」
「仕事が自分にあわない」というリアリティ・ショックを乗り越える最良の方法は、仕事を受け身で「こなすもの」から、能動的に「つくるもの」へと認識を変えることです。これが、2001年にエイミー・レズネスキー(ペンシルベニア大学ウォートン校)らによって提唱された「ジョブ・クラフティング」です。

ジョブ・クラフティングとは、従業員が自らの業務内容や人間関係、仕事に対する認識を主体的に再構築する行動を指します。私のような人類学者の視点から見れば、これはあなたが仕事という「モノ(アクター)」との間に結ぶ「ご縁(関係性)」を、自分の価値観に合わせて再デザインする試みです。

実践の3つの視点:
- 作業クラフティング:業務内容や範囲を工夫し、得意な業務に重点を置く。自分の強みを活かす新しい業務を提案する。
- 人間関係クラフティング:誰と、どのような交流を持つか、コミュニケーションの頻度や深さを自らコントロールする。心理的安全性の向上 にも寄与します。
- 認知クラフティング:仕事に対するやりがいや自分なりの意義を見出し、仕事の認識の捉え方を見直す。例えば、単なるデータ入力業務を「組織の戦略意思決定を支える重要な情報基盤の整備」と認識し直すことです。
この技術を実践することで、仕事へのエンゲージメントが向上し、離職率の低下やメンタルヘルスの改善といった効果が報告されています。
技術2:継続的RJPの適用と「ギャップの成長機会への翻訳」
早期離職の主因の一つである「採用条件と職場の環境の乖離」 に対処するためには、入社前の情報提供(RJP:現実的職務予告) に留まらず、入社後に生じる期待外れを「成長機会」として継続的に活用する技術が必要です。
現実原則に直面したとき、それを単なる不満やミスマッチで終わらせるのではなく、「なぜこの乖離が生じたのか」を分析します。例えば、「提示された業務内容と実際の業務内容が違う」というギャップを、「この組織の現状の課題は何か」「このギャップを埋めるために自分にはどのような汎用的知識・スキル が必要か」という主体的な課題設定 に変換します。
入社後の環境の変化によって失望しているかどうかというリアリティ・ショックの知覚は、離職意思に直結しますが、これを乗り越えるためには、上司や同僚のサポート だけでなく、リアリティ・ショックを自己理解の契機とするポジティブな側面 に着目し、能動的に期待を調整し続ける姿勢が重要になります。
技術3:学習の二重ループ・コミットメントによる「市場価値の確保」
「能力開発の空白」に直面する若年層が、長期的なキャリアを確保するためには、組織任せの教育(OJTや会社主導の研修)だけでなく、自律的な学習にコミットする「学習の二重ループ・コミットメント」が必須です。
今日の日本では、低学歴者の高年齢化に伴い貧困率が上昇する傾向 が指摘されており、学び直しは将来の経済的安定性を左右する重要な要素です。CCは、教育訓練給付制度やジョブ・カード といった公的な支援策に関する情報を提供し、若年者が時代のニーズに即したスキルアップができるよう、キャリアプランの明確化を支援 する役割を担います。
主体的なキャリアプランニング とは、会社に言われるのを待つのではなく、自ら自己選択型の研修受講や、就業時間外の自律的な学習活動 に積極的に時間とリソースを投資することです。企業側も汎用的知識・スキルの習得機会を提供することで、従業員の組織コミットメントが明確に高まることが分析により確認されています。会社が雇用・賃金の保証が困難な時代だからこそ、他社でも活用できる専門性を自律的に獲得することが、最大の自衛策であり、将来の選択肢を広げるための鍵となります。
まとめ:主体的な「職業生活設計」のオーナーへ
若年労働者は、高い離職リスクと貧困リスクという二重の構造的課題に直面しています。この時代の流れを逆転させるためには、受動的な組織への適応ではなく、自律的なキャリア構築という生涯にわたるコミットメント が不可欠です。
シェインが示したように、キャリア初期の課題は「自己と組織の要求との調整」 です。CCは、まさにこの調整を支援し、若年者が「なんとなく辞める」という衝動的な離脱(イグジット) に陥ることなく、声(ボイス)を上げられる力 を蓄積できるよう伴走します。
あなたがキャリア初期の「現実原則」を乗りこなすとは、単に職場で我慢することではありません。それは、与えられた業務に自分の価値を注入し、仕事との「ご縁」を主体的に結び直し、自らの人生のオーナーとして職業生活設計を確立することです。
今こそ、あなたの経験を最高の教科書にして、目の前の制約に対して「それは本当に現実原則か?」と問いを立てる知的な冒険を始めてください。
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