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【映画ジャンル】なぜ今、一流のビジネスパーソンは「映画ジャンル論」を学ぶのか?――VUCA時代を読み解く「思考のOS」

This entry is part 1 of 1 in the series 映画ジャンル論

映画ジャンル論

【映画ジャンル】なぜ今、一流のビジネスパーソンは「映画ジャンル論」を学ぶのか?――VUCA時代を読み解く「思考のOS」

【第1回】なぜ今、一流のビジネスパーソンは「映画ジャンル論」を学ぶのか?――VUCA時代を読み解く「思考のOS」

はじめに:映画を見る目は、世界を見る目である

「あなたの好きな映画のジャンルは何ですか?」

そう聞かれて、「アクション」や「ホラー」、あるいは「SF」と答えるのは簡単です。しかし、私たちは普段、なぜその「ジャンル」を選び、そこに何を期待しているのでしょうか?

現代は「VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)」の時代と呼ばれ、確固たる正解が存在しない世界です。そのような中で、私たちはいかにして情報を処理し、世界を意味づけ、他者と協働していくべきか。その鍵は「パターン認識」と「文脈の理解」にあります。

今回から始まるこの連載では、映画研究の世界的権威バリー・キース・グラント(Barry Keith Grant)の名著『Film Genre: The Basics』(2023年版)をベースに、「映画ジャンル論」を大人の教養として、そしてビジネスや人生を豊かにする「思考の枠組み(フレームワーク)」として再定義していきます。

Bloomsbury
バリー・キース・グラント

カナダのブロック大学で映画学とポピュラーカルチャーの教授を務めています。著書に『Film Genre』(2007年)、『Voyages of Discovery』(1992年)があり、共著に『The Film Studies Dictionary』(2001年)、『100 Documentary Films』(2009年)があります。

映画ジャンル論とは、単に「西部劇にはカウボーイが出る」といった分類を学ぶ学問ではありません。それは、人類が集団として共有してきた物語の「型(パターン)」を理解し、その型が時代とともにどう変容し、社会の不安や希望をどう映し出してきたかを解読する、極めて高度な「認知の科学」なのです。

第1回となる今回は、そもそも「ジャンル」とは何なのか、そしてそれがなぜ現代のビジネス戦略やキャリア形成に役立つのか、その核心に迫ります。

1. 「ジャンル」の正体:3つの顔を持つ思考ツール

バリー・キース・グラントは、ジャンルという言葉が、少なくとも3つの異なる機能を持っていると指摘します。この3つの視座(トライアングル)を理解することは、映画だけでなく、あらゆるビジネスモデルやマーケティング戦略を理解する上で極めて有効です。

① 生産の青写真(Production Blueprint)

映画スタジオにとって、ジャンルは効率的な生産のための「規格」です。例えば、西部劇を作るなら「荒野のセット」と「馬」を用意すれば、脚本を変えるだけで複数の作品を量産できます。

これはビジネスにおける「プラットフォーム戦略」や「モジュール化」に他なりません。共通の基盤(ジャンル)を持つことで、企業はリソースを再利用し、リスクを低減しながら新製品を市場に投入できるのです。

② 消費者のインデックス(Consumer Index)

観客にとって、ジャンルは「契約」や「ラベル」として機能します。「これはホラー映画です」というラベルは、「あなたに恐怖という感情体験を提供します」という約束です。私たちは限られた時間とお金を投資する際、このラベル(ジャンル)を信頼して意思決定を行います。

ビジネス用語で言えば、これは「ブランディング」や「顧客期待のマネジメント」そのものです。顧客がそのカテゴリー(ジャンル)に何を求めているかを正確に理解し、その期待に応える(あるいは良い意味で裏切る)ことが、ビジネスの成否を分けます。

③ 批評の構成概念(Critical Concept)

批評家や学者にとって、ジャンルは個々の作品を比較し、そこに文化的な意味を見出すためのツールです。

これはビジネスにおける「市場分析」や「競合分析」に相当します。自社の製品やサービスが、市場という巨大な物語の中でどの位置にあり、どのようなトレンド(文脈)の中にいるのかを客観視する視点です。

このように、映画ジャンル論を学ぶことは、生産者、消費者、分析者という3つの視点を自在に行き来するトレーニングになるのです。

2. 「イコノグラフィー」と「コンベンション」:イノベーションの生まれる場所

ジャンルを構成する要素をさらに分解してみましょう。グラントはここで、「イコノグラフィー(Iconography)」と「コンベンション(Conventions)」という2つの重要な概念を提示します。この区別がつくと、世の中の「ヒット商品」や「革新的なサービス」の構造が手に取るように分かるようになります。

イコノグラフィー(視覚的・聴覚的記号)

これは、そのジャンルを即座に認識させる表面的なデザインやパーツのことです。

  • 西部劇:カウボーイハット、荒野、銃声
  • SF:宇宙船、レーザー音、未来都市
  • ビジネスへの応用: UI/UXデザイン、パッケージ、ロゴ。ユーザーに「これは使いやすいアプリだ」「これは高級な化粧品だ」と瞬時に認識させるための記号です。

コンベンション(物語的・構造的慣習)

こちらは、そのジャンルで繰り返される物語の展開や、キャラクターの関係性といった「構造」です。

  • 西部劇:「文明」対「自然」の対立、決闘による解決
  • ロマンティック・コメディ:最悪の出会い(Meet Cute)からの恋
  • ビジネスへの応用: ビジネスモデル、収益構造、顧客体験のジャーニー(道筋)。

真のイノベーションは「ズラし」から生まれる

ここからが面白いところです。真に革新的な作品や商品は、この2つを巧みに操作することで生まれます。

例えば、映画『ブロークバック・マウンテン』は、西部劇の「イコノグラフィー(カウボーイ、雄大な自然)」を使いながら、物語の「コンベンション(異性愛のロマンスではなく、同性愛の悲恋)」を描くことで、既存のジャンル概念を破壊し、新しい価値を創造しました。

ビジネスでも同様です。「銀行のイコノグラフィー(信頼、重厚さ)」を持ちながら、「IT企業のコンベンション(スピード、利便性)」で運営されるフィンテック企業のような**「ジャンル・ハイブリッド」**こそが、市場を変革する力を持つのです。

逆に、表面的なデザイン(イコノグラフィー)だけを変えても、中身の構造(コンベンション)が古ければ、それはイノベーションとは呼べません。

3. 現代の「儀式」としてのジャンル体験

なぜ私たちは、『007』や『アベンジャーズ』のような映画を、結末(ヒーローが勝つこと)が分かっているのに何度も見てしまうのでしょうか?

グラントは、ジャンル映画を「現代の世俗的な儀式(Secular Ritual)」として捉えます。

私たちは映画館という暗闇の中で、社会が抱える矛盾(個人の自由 vs 社会の秩序など)が、物語の中で一時的に解決される様子を目撃します。それによって「秩序の回復」を確認し、安心感を得るのです。

不安定なVUCAの時代において、消費者は「新しさ」以上に、この「安心感(儀式性)」を求めている可能性があります。

毎朝飲む決まったブランドのコーヒー、通勤電車で開くニュースアプリ、週末に見るNetflixのドラマ。これらはすべて、私たちの生活を安定させるための「小さな儀式」です。

ビジネスにおいて、自社の製品やサービスをユーザーの生活における「儀式」のレベルにまで昇華させることができるか。それが、長く愛されるブランドになるための条件と言えるでしょう。

4. ビジネス・カテゴリー・デザインへの接続

シリコンバレーでは近年、**「カテゴリー・デザイン(Category Design)」**という戦略が注目されています。『Play Bigger』などの書籍で語られるこの理論は、驚くほど映画ジャンル論と酷似しています。

成功する企業(Amazon, Salesforce, Uber)は、既存の市場で「より良い(Better)製品」を作ったのではありません。「新しいカテゴリー(ジャンル)」を定義し、その王(Category King)になったのです。

  • Uberは「より良いタクシー会社」ではなく、「ライドシェア」という新しいジャンルを定義しました。
  • Netflixは「より良いレンタルビデオ屋」ではなく、「ストリーミング」という新しいジャンルを創造しました。

新しいジャンルを作るということは、新しい「イコノグラフィー(象徴)」と「コンベンション(ルール)」を市場に教育(エデュケート)するということです。

ビジネスパーソンである皆さんが、自社の事業を説明するとき、「既存のジャンル(例:多機能な会計ソフト)」の言葉で語るのか、それとも「新しいジャンル名(例:クラウド経営プラットフォーム)」を定義し、その価値を語るのか。

映画批評家が新しいムーブメントに名前をつけるように、ビジネスにおいても**「言葉の定義」が市場を創る**のです。

5. 結論:映画という「思考のOS」をインストールせよ

バリー・キース・グラントの『Film Genre: The Basics』から学ぶことは、単なる映画知識の蓄積ではありません。それは、私たちが無意識に見ている物語の「OS(基本ソフト)」を解析し、構造を理解するプロセスです。

  • 認知の整理: 複雑な事象を「ジャンル」として捉え、処理速度を上げる。
  • 創造のヒント: 既存の「お約束」を知り、意図的にズラして新しい価値を生む。
  • 批判的思考: メディアや組織が提示する物語を鵜呑みにせず、「これは誰のための物語か?」を問う。

映画を見る目は、そのまま世界を見る目となります。

次回(第2回)からは、具体的なジャンル(西部劇、ホラー、ミュージカルなど)を取り上げ、それぞれのジャンルがどのような社会課題を映し出し、どう進化してきたのかを深掘りしていきます。そこには、現代のリーダーシップ論や、多様性(DEI)の理解に直結する驚くべき発見が隠されています。

さあ、ポップコーンを片手に、ビジネスと人生を読み解く「知の冒険」に出かけましょう。

参考文献

  • Barry Keith Grant, Film Genre: The Basics, Routledge, 2023.

(第2回へ続く)

映画を見る目が変われば、ビジネスの「勝ち筋」が見えてくる

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投稿者

  • つっちー先生(土屋 武久) 応用言語学者|メディア文化研究・映画ジャンル論

    南イリノイ大学大学院を修了後 、応用言語学者として「言葉の習得」に関する実践的な研究と、メディア文化研究者として「物語の構造」を読み解く理論的研究を、領域横断で開拓。

    研究テーマは、コンピュータ支援学習(CALL)や語彙指導論 といった英語教育の実践的研究から、映画理論の翻訳へと展開 。『ロードムービーの想像力』や『映画ジャンル論の冒険』などの専門書翻訳を通じ、映画という文化が社会とどう結びつくかを追究する。近年は、その分析視点を日本の大衆文化にも向け、『めぞん一刻』の物語構造 や『Wの悲劇』の鏡像分析 など、身近な作品に潜む「ルールの解読」も行う。

    特筆すべきは、「人文学は浮世離れした空理空論ではない」という確信である 。先生は著書『映画で実践! アカデミック・ライティング』などで、難解な理論と日常的な実践知の架け橋となる活動を一貫して行う。AI時代に「役に立たない」と見られがちな人文学の知が、いかに「スリリングで、現実と切り結びうる」武器となるか を示すその姿勢は、リベラーツの理念にも通底する。

    主な著書・翻訳:

    • 『ロードムービーの想像力 旅と映画、魂の再生』
    • 『映画で実践! アカデミック・ライティング』
    • 『メディア文化研究への招待』
    • 『映画ジャンル論の冒険』

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