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【第2回】労働の意味を奪還せよ:ブルシット・ジョブと現代労働人類学の最前線|全3回

This entry is part 15 of 17 in the series 「思考のOS」を鍛える、人類学・民族誌の名著

「思考のOS」を鍛える、人類学・民族誌の名著

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【第2回】労働の意味を奪還せよ:ブルシット・ジョブと現代労働人類学の最前線|全3回

【第3回】未完の革命:『万物の黎明』以降のグレーバー研究と残された課題|全3回

【連載 ①】データで見えない「社会の真実」を聴く技術

【第2回】労働の意味を奪還せよ:ブルシット・ジョブと現代労働人類学の最前線

前回はデヴィッド・グレーバーの思想的基盤である価値論と負債論、そしてアナーキズムについて概観しました。第2回となる今回は、彼の著作の中でも特に広く読まれ、社会現象ともなった『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』(2013)を足がかりに、現代人類学が「労働」をどのように捉え直しているのかを探ります。

Bullshit Jobs

かつての人類学は、遠く離れた異文化のエキゾチックな儀礼や親族関係を主な研究対象としていました。しかし、新自由主義的グローバリゼーションが進んだ現代において、人類学のフィールドは工場のライン、オフィスのパーティション、そして不安定なギグ・エコノミーの現場へと拡張しています。グレーバーの介入は、この「労働人類学」の変容において決定的な役割を果たしました。

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労働人類学の変容:工場から「無賃金」の領域へ

20世紀半ばまでの労働研究、いわゆる「産業人類学」は、主に工場労働者や労働組合を対象とし、職場という閉じた空間内の文化や人間関係を分析していました。そこには、フォーディズム的な「安定した正規雇用」が標準モデルとして存在していました。

しかし、1980年代以降の脱工業化と金融化は、この前提を崩壊させました。現代の労働人類学は、Sharryn KasmirやLesley Gillらが指摘するように、「賃金(Wages)」と「無賃金(Wagelessness)」の境界が曖昧になる領域に注目しています。正規雇用が特権的なものとなり、非正規雇用、ケア労働、インフォーマル経済が拡大する中で、人類学者は「労働」を単なる賃金稼ぎとしてではなく、生活の維持(社会的再生産)や、生存のための闘争を含む広範な活動として捉え直す必要に迫られました。

この文脈において、グレーバーの価値論は重要な視座を提供しました。彼は労働を単なる商品の生産ではなく、「人間をつくること」、つまり社会的な関係性を創造し維持するプロセスとして定義しました。母親が子供を育てることも、友人を慰めることも、教師が生徒を教えることも、すべて社会を再生産するための本質的な「労働」なのです。

ブルシット・ジョブ論の衝撃

この「真に価値ある労働とは何か」という問いの対極として現れたのが、「ブルシット・ジョブ(Bullshit Jobs)」です。グレーバーは、現代社会には「被雇用者本人でさえ、その存在を正当化できないほど完全に無意味で、不必要で、有害でさえある有給の雇用形態」が蔓延していると主張しました。

多くの人々、特にホワイトカラーの専門職が、ロビイスト、企業弁護士、テレマーケター、広報コンサルタント、あるいは単に誰かの偉さを誇示するためだけの取り巻き(フランク)として、一日中「働いているフリ」をしたり、書類を右から左へ動かしたりしています。

グレーバーの洞察で鋭いのは、これが市場の効率性の結果ではなく、むしろ「政治的・道徳的な支配」の結果であると指摘した点です。ケインズはかつて、技術進歩によって労働時間が短縮されると予言しましたが、現実はそうなりませんでした。支配層は、人々に自由な時間を与えれば政治的に危険なことを考え始めると恐れ、人々を忙しくさせておくために無意味な仕事を創出したのです。彼はこれを「管理的封建制」と呼びました。

ここで彼が問題にしたのは、経済的な非効率さだけではありません。人間は、自分の行為が世界に何らかの影響を与え、他者の役に立っているという感覚(=価値創造の実感)を根源的に必要とします。ブルシット・ジョブは、この感覚を奪うことによって人間の精神を蝕む「精神的暴力」なのです。

消費と創造性:生産としての消費

労働の意味を問い直すグレーバーの視点は、彼の「消費」に関する議論とも接続しています。彼は論文「消費(Consumption)」(2011)において、消費を単なる「商品の破壊・消尽」として捉える近代経済学や、受動的な享楽として捉える批判理論の双方を乗り越えようとしました。

JSTOR

彼は、多くの「消費」活動(食事を作って振る舞う、バンドを組んで演奏する、ファンジンを作る)が、実は「人間や社会関係の生産」であることを指摘しました。資本主義は、職場での活動だけを「生産」とし、それ以外を「消費」という受動的なカテゴリーに押し込めようとします。しかし、人々は市場の外側で、商品を使って自分たちのアイデンティティやコミュニティを創造的に構築しています。

グレーバーにとって、ブルシット・ジョブからの解放は、単に労働時間を減らすことではなく、この「社会的な創造性」を人々の手に取り戻すことを意味していました。

批判的検討:構造的暴力と主体の位置

グレーバーの議論は多くの共感を呼びましたが、労働人類学の内部からは批判的な応答もありました。特に、マルクス主義的な政治経済学を重視するDon Kalbらは、グレーバーのアプローチが「主意主義的」すぎると指摘しています。

グレーバーは、人々が「これは価値がある」と合意し、行動すれば社会は変わるかのように論じる傾向があります(これをKalbは「労働の価値説」と呼びます)。しかし、現実のグローバル資本主義には、人々の認識や合意を超えた冷徹な強制力――「価値の法則(社会的必要労働時間による規律)」――が作動しています。

例えば、グローバル・サウスの工場で働く労働者や、アマゾンの倉庫でアルゴリズムに管理される配送員にとって、自分の仕事が「無意味」かどうかという実存的な問い以前に、低賃金、長時間労働、身体的な摩耗といった構造的な暴力が切実な問題です。グレーバーのブルシット・ジョブ論は、先進国の「専門職・管理職階級(PMC)」の実存的危機には響きますが、グローバルな搾取の構造全体を説明するには不十分であるという批判です。

ポスト・グレーバーの展開:社会的再生産と余剰人口

現在の労働人類学は、グレーバーが提起した「意味」と「道徳」の問題を受け継ぎつつ、よりハードな政治経済学的現実へと回帰しつつあります。

  1. 社会的再生産の危機:Susana Narotzkyらが論じるように、新自由主義はケアや育児といった「生を維持する活動(社会的再生産)」のコストを家族やコミュニティに押し付けています。ここでは、労働は「生きること(to have a life)」そのものの危機として現れます
  2. 余剰人口と排除:Tania Liらが指摘するように、現代資本主義の最大の特徴は、すべての人を労働者として搾取するのではなく、多くの人々を「搾取すらされない不要な存在(余剰人口)」として排除する点にあります。彼らはブルシット・ジョブに就くことすらできず、スラムや難民キャンプで生存のための即興的な経済活動に従事しています。
  3. 物流とインフラ:サプライチェーン資本主義においては、モノを作る場所よりも運ぶスピードが価値を生みます。ここでの労働は極限まで管理され、グレーバーが重視した「創造性」が徹底的に排除される現場となっています。

結び:労働研究の新たな地平へ

デヴィッド・グレーバーは、労働を「単なる苦役」から「社会を作る創造的な行為」へと再定義し、私たちが仕事に対して抱く違和感の正体を暴きました。彼の議論は、労働の「意味」を問うための強力な武器であり続けています。

しかし、現代人類学の最前線は、その視点をさらに拡張し、グローバルな不平等、ケアの危機、そして「不要」とされた人々の生存闘争へと向かっています。そこでは、グレーバー的な「価値の創造」への渇望と、マルクス主義的な「構造的強制力」の分析をいかに統合するかが、次なる課題となっています。

最終回となる第3回では、彼の遺作『万物の黎明』が提示した人類史の再解釈と、彼がアカデミズムに残した宿題、そしてこれからのグレーバー研究の可能性について論じます。

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「思考のOS」を鍛える、人類学・民族誌の名著

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投稿者

  • 文化人類学者|社会人類学・アクターネットワーク理論

    • 早稲田大学大学院博士課程に在籍中、インドネシアとシンガポールへの留学を経て、文化・社会人類学の研究手法を体得。現在もフィールドワークを重視する研究者として活動。
    • 研究テーマは、東南アジアの国際移民研究から、BBCやNHKのドキュメンタリー番組制作過程の民族誌的研究、沖縄・韓国・マレーシアの民俗服飾の比較研究へと展開。近年は、伝統染織「読谷山花織」を事例に、市場的価値と社会的価値が織りなすネットワークの中で、いかに持続可能な発展が実現されるのかを追究している。
    • 特筆すべきは、コロナ禍でキャリアコンサルタント国家資格を取得した点。人類学者としての視座とキャリア支援の実践知を統合し、沖縄の伝統産業における技能継承や後継者育成の研究にその知見を活かしている。学問と社会をつなぐ姿勢は、リベラーツの理念にも通底する。
    • 主な著書:
      『シンガポール:多文化社会を目指す都市国家』
      『戦後アジアにおける日本人団体』
      『イスラーム事典』

     

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