「思考のOS」を鍛える、人類学・民族誌の名著
【第3回】未完の革命:『万物の黎明』以降のグレーバー研究と残された課題
全3回でお届けしてきたデヴィッド・グレーバー特集の最終回です。第1回では彼の思想の核となる価値と負債の理論を、第2回では労働をめぐる現代的な議論を検討しました。今回は、彼の死後に出版された記念碑的著作『万物の黎明』が投げかけた波紋と、彼が残した学問的・政治的課題について論じます。
グレーバーの知的プロジェクトは常に「未完」でした。それは彼の早すぎる死のせいだけではありません。彼の理論そのものが、固定された結論を出すことではなく、常に新しい可能性への扉を開き続けることを目的としていたからです。
『万物の黎明』:人類史の根本的な書き換え
考古学者デヴィッド・ウェングロウとの共著『万物の黎明』(2021)は、人類史に関する私たちの常識を根底から覆す試みでした。

私たちは学校で、人類の歴史を次のようなリニア(単線的)な進化の物語として教わります。「かつて人類は平等な狩猟採集社会に生きていたが、農耕の開始とともに人口が増え、複雑な社会を運営するために国家や階級、不平等が必要になった」。つまり、文明の発展と引き換えに、私たちは自由を諦めざるを得なかったという物語です。
グレーバーとウェングロウは、最新の考古学的証拠を駆使してこの「神話」を解体しました。彼らは、氷河期から現代に至るまで、人類は常に意識的に社会形態を選択し、実験してきたことを示しました。農耕をしながら階級を作らなかった社会、季節ごとに権威主義的な体制と平等な体制を行き来した社会、王のいない巨大都市など、歴史は多様な可能性に満ちていました。
この著作の核心的なメッセージは、「現在の不平等や国家支配は不可避な運命ではなく、私たちがどこかで嵌まり込んでしまった『行き詰まり』に過ぎない」というものです。もし私たちの祖先が社会を自由にデザインできたのなら、私たちにもそれができるはずだ――これが、彼が歴史を通じて伝えたかった希望です。
アカデミズムへの挑戦:専門職・管理職階級(PMC)と左翼の変容
グレーバーは人類学者であると同時に、アカデミズムの制度的腐敗に対する痛烈な批判者でもありました。彼は論文「人類学と専門職・管理職階級の台頭(Anthropology and the rise of the professional-managerial class)」(2014)において、大学がかつての「知の自律的な共同体」から、企業の論理で運営される官僚的な機関へと変貌したと論じました。

彼は、1970年代以降、金融資本と企業官僚が融合し、新たな支配階級である「専門職・管理職階級(PMC)」が台頭したと分析します。そして、大学はこのPMCを再生産する装置となり、左翼政党も労働者階級を見捨ててPMCの利益を代表するようになりました。
グレーバーによれば、現代のアカデミアで流行する「再帰性(reflexivity)」や「ポストモダン理論」の一部は、実はこのPMCの階級意識を反映したものです。自らの特権を絶えずチェックし、言葉狩りに興じる態度は、一見ラディカルに見えて、実際には手続きや規則を重んじる官僚的な感性と親和性が高いのです。彼はこれに対し、社会運動と連携し、知識を「目的そのものとしての喜び」として取り戻す「予示的(prefigurative)人類学」を対置しました。
存在論的転回への応答:ラディカルな実在論
近年、人類学界を席巻している「存在論的転回(Ontological Turn)」に対しても、グレーバーは独自の位置から応答しました。エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロらが主導するこの潮流は、異文化の人々が見ている世界を「異なる世界観」としてではなく、「異なる現実(自然)そのもの」として真剣に受け止めることを提唱します。
グレーバーは論文「ラディカルな他者性とは『現実』の別名にすぎない」(2015)において、この動向に一定の理解を示しつつも、批判的実在論(Critical Realism)の立場から反論しました。彼によれば、他者の概念を「絶対的な現実」として神聖化することは、かえって対話の可能性を閉ざしてしまいます。

マダガスカルの人々が魔術について語るとき、彼らはそれが「絶対に正しい現実」だと信じているわけではなく、懐疑や矛盾を抱えながら、不可知な力と向き合っています。グレーバーは、「現実(Reality)」とは、私たちの理論や概念によっては決して完全に汲み尽くせないもの、常に予測不可能で「ラディカルな他者性」を持つものだと定義しました。だからこそ、私たちは異なる視点を持つ他者と対話し、お互いの認識を揺さぶり合うことができるのです。彼はこれを「理論的相対主義と存在的実在論」の結合として提示しました。
残された課題と未来
グレーバーが去った今、私たちには多くの課題が残されています。
- 官僚制とテクノロジーの批判的分析:彼の『官僚制のユートピア』は、テクノロジーが人間の可能性を拡張するのではなく、管理と監視を強化するために使われている現状(「空飛ぶ車はどこへ行った?」)を指摘しました。AIやアルゴリズム支配が進む現在、この視点はますます重要になっています。
- 気候危機時代の価値論:地球環境の限界が叫ばれる中、無限の成長を前提とする経済学的な価値観からの脱却は急務です。グレーバーが示した「ケア」や「生命の維持」を中心とする価値論は、脱成長(Degrowth)の議論とも共鳴する豊かな土壌を提供しています。
- 新しい政治的想像力の実践:彼が提唱した「予示的政治」――未来の社会を今ここで実践すること――は、選挙政治に絶望した多くの人々にとって重要な指針となっています。しかし、それをいかにして大規模な社会変革へとつなげるかは、依然として未解決の難問です。
結び:想像力という遺産
デヴィッド・グレーバーは、私たちが「仕方がない」と諦めている現実が、実は脆い合意の上に成り立っていることを暴き続けました。彼のアナーキズムは、破壊の思想ではなく、人間が互いに対して持つ「負債(=社会的な絆)」と「自由」への信頼に基づく建設の思想でした。
彼が遺した最大の遺産は、特定の理論体系ではなく、「世界は変えられる」と信じるための知的・道徳的な勇気です。彼の著作は、読者一人ひとりに対し、自らの置かれた場所で、他者と共に新しい現実を想像し、創造し始めることを促しています。
その意味で、グレーバーの研究は終わっていません。それは、私たち自身がその「続き」を生き、実践することによってのみ、真に引き継がれていくプロジェクトなのです。

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