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2027年夏、合同会社リベラーツ設立に向けて 詳しく見る →

人文知の学びを、社会のコモンズへ

人文知の学びを、
社会に残す器をつくる

人文知のeスクール

出版・教育・研究・地域実践をつなぐ知の基盤へ

リベラーツは、2027年夏の合同会社設立に向けて準備を進めています。

法人化の目的は、講座の数を増やすことでも、事業を大きく見せることでもありません。

大学、企業、地域社会のなかで見過ごされてきた一人ひとりの経験を、人文知によって読み直し、問い、語り、次の世代へ手渡していく。

その学びを、一時的な活動ではなく、持続可能な「学びのコモンズ」として社会に残すための設立です。

学びたい大人と、学ぶ理由を失った大学

リベラーツの構想は、コロナ禍のオンライン教育の現場から始まりました。

代表の糸林誉史は、大学でオンライン講義を続けるなかで、教育が画面越しの知識伝達へと縮減されていく閉塞感を抱きました。

その一方で、自ら放送大学の全科履修生となり、多摩学習センターの入学式で目にしたのは、仕事や家庭の時間をやりくりしながら、強い意志をもって学ぶ30代、40代、そしてミドル・シニアの学習者たちでした。

大学進学が一般化する一方で、学ぶ目的を見出せない若者がいる。

その外側では、学びたい理由を持ちながら、時間や制度の壁を越えて学び続ける大人たちがいる。

この逆説が、リベラーツの最初の問いとなりました。

大人がもう一度学ぶ場所には、
知識以上に、自らの経験を読み直す方法が必要なのではないか。

人は、役に立つから続けるのではない

沖縄、韓国、マレーシアの織物産業を調査するなかで、糸林は多くの職人と出会ってきました。

彼女たち、彼らの多くは、最初から明確な目的や成功計画を持って織物を始めたわけではありません。

偶然のきっかけから始め、その面白さや深みに少しずつ引き込まれ、やがて作品の完成度を高めていきました。

とりわけ印象的だったのは、子どもの自立や年金受給などを契機に、生活のためだけに働く必要から少し離れ、無心に制作へ向き合えるようになってから、作品が大きく変わったという語りです。

そこには、効率や市場価値だけでは説明できない、人間の学びと創造の姿がありました。

学びとは、すぐに役立つ技能を得ることだけではありません。
時間をかけて世界の見え方が変わり、自分自身のあり方まで変わっていく営みです。

教養が、スキルになってしまった時代に

戦後日本の大学には、専門教育とは異なる「一般教育」が導入されました。

しかし、その理念は十分に理解されないまま、専門課程へ進む前の入門科目や、基礎的な準備教育として扱われるようになりました。

さらに、1991年の大学設置基準の大綱化以降、一般教育科目は縮小され、大学教育は専門化と成果管理を強めていきます。

2000年代以降、「新しい教養」として語られたものの多くも、問題解決力、情報処理力、コミュニケーション力といった、労働市場への適応能力へと置き換えられていきました。

ここで失われたのは、単なる知識量ではありません。

「何を目的とすべきか」
「何を善いと判断するのか」
「どのような社会をつくるのか」

という、価値そのものを問う力です。

リベラーツは、この失われた働きを「人文知」と呼びます。

答えを増やす知ではなく、
問いの地平をつくり直す知

リベラーツにおける人文知とは、文学、哲学、歴史、文化人類学などの知識を幅広く集めることではありません。

既存の制度、データ、評価、常識が前提としている価値を読み解き、自らの経験と世界との関係を、新しく構成し直すための「第2のOS」です。

あなたは、肩書きや評価点数だけで説明できるでしょうか

企業や教育制度は、人間を測定可能な存在として扱います。

役職、資格、売上、評価、達成率、偏差値、フォロワー数。

これらは、その人が「何であるか」を示すことはできます。

しかし、その人がどのように場を支え、何に心を動かされ、誰にどのような言葉を手渡してきたかという「誰であるか」は、数値では捉えられません。

人文知は、合理的に説明しきれない人間の不条理や、評価表から切り落とされた経験を、無価値なものとして処理しません。

それらを、語り、読み、聴き届けるに値する歴史資料として扱います。

あなたの30年は、資料です。

自分の声は、自分ひとりでは聴けない

本を読み、一人で内省することは重要です。

しかし、自分自身の声を、他者が聴くように聴くことはできません。

録音した自分の声を初めて聴いたとき、多くの人が違和感を覚えます。

自分にとっては異質に聞こえる声が、他者にとっては、その人自身の声です。

同じように、自分の経験に宿る意味も、他者に語り、問い返され、別の角度から聴き届けられることで初めて見えてきます。

リベラーツは、教師が正解を教える学校ではありません。

異なる経験を持つ人々が、安易に同意せず、互いを単純に要約せず、問いによって応答し合う「対話の港」です。

学びのコモンズとは、同じ答えに到達する場所ではありません。
異なる声のまま、互いの世界を広げる場所です。

持続可能な知の基盤へ

これまでのリベラーツは、研究者、教育者、実務家の個人的な経験と情熱によって進められてきました。

しかし、人文知の学びを継続し、講座、出版、研究、地域活動を相互につなげていくためには、個人の力量や時間だけに依存しない基盤が必要です。

法人化によって実現したいのは、規模の拡大そのものではありません。

  • 講師、研究者、実務家が継続して参加できる仕組み
  • リベラーツ叢書と創生演習を循環させる出版・教育基盤
  • 受講者の成果を社会へ還元する公共人文学の実践
  • 地域社会、大学、企業との共同研究・共同学習
  • 次世代へ引き継げる知的資産と運営体制

リベラーツは、人文知を商品化する会社ではありません。

人文知が生きて働く場所を、社会のなかに持続させるための器です。

人文知を、操作できる技法へ

リベラーツの創生演習Genesisは、人文知を知識として学ぶ講座ではありません。

受講者自身の30年の経験を資料として扱い、4週間を通じて読み直します。

創生演習 Genesis

人生の物語を再起動する4週間

「もう先は見えている」「自分は元〇〇でしかない」——そんな物語の早期終結を、創生演習 Genesisでは静かに問い直します。

熱のこもった講義とAIとの対話、短いエッセイ、相互コメント、ライブ交流会を通じて、過去の肩書きではなく、自分が本当に喜びを感じてきた「動詞」を掘り起こす4週間。

「人文知」の学びを残す器をつくる

私は文化人類学者として、沖縄、韓国、マレーシアの生活と仕事の現場を歩いてきました。

そこで出会ったのは、合理的な計画に従って人生を完成させた人々ではありません。

偶然に仕事と出会い、失敗し、迷い、それでも手を動かし続けるなかで、自分なりの意味を見出した人々でした。

私自身も50代になり、これまでの仕事人生が閉じていくような感覚を抱きました。

しかし、キャリア研究や労働人類学へ越境するなかで、過去の経験は捨てるべき古い荷物ではなく、まだ読み終えていない資料であると考えるようになりました。

リベラーツは、人生後半を生きる人が、肩書きを失った後も、自らの経験を読み直し、次の問いを立てるための学校です。

合同会社リベラーツは、その学びを、私個人の活動で終わらせないための器です。

知識を売る会社ではなく、人が自らの経験から意味をつくり、他者へ手渡す場所を、社会に残していきます。

代表 糸林誉史