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【人文知・第5回】 先入見という名の「キャリア資本」 ── アンラーニングの暴力を解体せよ

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リベラーツの挑戦と学習ガイド

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【人文知・第2回】 四つの日本語と「使役の論理」 ── AIという社会技術システム

【人文知・第3回】人文学は「主観のおしゃべり」ではない ── リアル・ジェネラルの実在性

【人文知・第4回】 キャリアの「帳簿を閉じる」技術 ── シニアを蝕むカレンダー病

【人文知・第5回】 先入見という名の「キャリア資本」 ── アンラーニングの暴力を解体せよ

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0.1 アンラーニングを迫る新自由主義の病理

現代の日本社会を覆う「これまでの成功体験はすべてアンラーニングすべき過去のバグである」と迫るリスキリングの言説は、シニア受講生の生の尊厳を傷つける暴力として作動しています。それは、これまでの三十年間のキャリアや具体的な生活経験をまるで無価値なゴミのように扱い、市場に都合よく最適化された技術のパーツへと、自律的な主体を一方的に整列させていく心理技術にほかなりません。

こうした新自由主義的なアンラーニングの強要の背後には、自らを他者の評価シート(It)に適合させる手段的道具主義の思考様式(第一のOS)が強固に横たわっています。自らの「誰(who:声としての活動)」を脇に置き、他者から与えられた規格に自律的に自らをアセスメント(自己調整)し続けるゲーム。これに従属する限り、私たちは技術の進歩に怯え、焦燥を募らせるだけの機械の奴隷に留まります。

しかし、人文学のディシプリン(規律)は、この過酷な測定の暴力に対して、冷徹な異議(objection)を申し立てるための強固な防衛線を構築します(Kudina & van de Poel 2024)。私たちは、システムに適応するための方法知(スキル)を消費するのをやめねばなりません。システムそのものを外部から異化し、自らの主観性を「キャリア資本」として擁護する、第二のOSが今こそ必要なのです。

0.2 ガダマー解釈学における「先入見」の復権

このアンラーニングの暴力を解体するために、私たちは十九世紀の解釈学の歴史を塗り替え、先入見の復権を唱えたドイツの哲学者ハンス=ゲオルク・ガダマーの主著『真理と方法 II』へと遡る必要があります(ガダマー 2008)。ガダマーは、近代の実証主義が「客観的な真理にいたるためには、すべての主観的な先入見を排除し、白紙にならなければならない」と主張した欺瞞を根本から覆しました。

ガダマーの解釈学によれば、人間が自らの歴史や言語、そしてコンテクストから完全に離脱して、白紙の状態で他者を理解することは原理的に不可能です(ガダマー 2008)。私たちが他者の声を heeding(聴き届ける)し、新たな意味を理解しようとするとき、そこには必ず、私たちがこれまでの歩みの中で無意識のうちに培ってきた「前提条件」、すなわち「先入見(Vorurteile)」が作動しているのです。

ハンス=ゲオルク・ガダマーは解釈学を大成したドイツの哲学者です。主著において、近代科学が排除すべきとした「先入見」を、他者を深く理解するための能動的な「投影レンズ」として肯定的に復権させました。真の対話とは自分を白紙にすることではなく、互いのレンズを不融合のまま衝突させ、自己修正する「地平の融合」であると説く彼の思想は、他者の評価モノサシを排して自律的な生を再起動する強力な武器となります(ガダマー 2008)。

近代科学は先入見を「排除すべきバグ」とみなしましたが、ガダマーはこれこそが理解を可能にする能動的な前提条件であると論証しました(ガダマー 2008)。先入見とは、私たちが世界と出会い、他者と対話摩擦を起こすための「投影レンズ」そのものです。このレンズを持たない白紙の人間は、世界を解釈することも、他者の unmerged な声に heeding することもけっしてできないのです。

Gadamer, H. G. (2008) Truth and Method ,Continuum.

0.3 地平の融合と「投影レンズ」としてのキャリア資本

あなたがこれまでの三十年の歩みの中で培ってきた常識や経験、あるいは偏ったこだわりすら、消去すべき過去のバグではなく、他者と出会って「地平の融合(理解)」をもたらすための唯一の「投影レンズ(キャリア資本)」です(ガダマー 2008)。この投影レンズがあるからこそ、私たちは他者と同化(共感)せず、不融合な他者性を維持したままで、お互いの概念の境界において対峙できるのです(バフチン 1995)。

アンラーニングの暴力とは、あなたが三十年かけて磨き上げてきた唯一無二の投影レンズを地面に叩きつけて割り、他者が量産した安価な規格品のプラスチックレンズ(方法知)をはめ直せと命令する行為にほかなりません。人文学のディシプリンを身につけるとは、自らの先入見を「キャリア資本」として堂々と擁護し(ガダマー 2008)、自律的な判断(約束)を引き受ける強固な主体的遠近法を磨き直すことなのです。

私たちが自らの生活史資料に独自の総合概念を命名し、同時に自ら「例外条項」を課す知的予防接種を引き受けることができるのも、この磨き直された先入見 の投影レンズがあるからです(Walsh 1951)。私たちは、他者の評価を基準とする手段的なセルフ・ヘルプ(マインドセットの調整)を脇に置き(Strathern 1997),境界線において合意なき生の契約を交わすコモンズを回復していくのです。

Q:これまでの私の三十年の職業経験や培ってきた常識、あるいは他者から偏見と呼ばれるかもしれないこだわりは、変化の激しいAI時代においては、すべてアンラーニング(自己否定)して捨て去るべき「過去のバグ」なのでしょうか。新しいスキルをインプットしなければ生き残れないという焦燥から逃れる術はあるのですか。 [/SWELL Q&A Q]

A:けっして捨てる必要はありません。ガダマーの解釈学が明かすように、すべての理解はあなたの「先入見(キャリア資本)」からしか始まらないからです(ガダマー 2008)。アンラーニングの暴力による自己否定を拒絶し、自らの生の軌跡を客観的な歴史史料として手放し、独自の概念を命名して「作品化」すること。このプロセスこそが、自律的な生の再起動を可能にします(Azambuja et al. 2025)。

ハンス=ゲオルク・ガダマー と「先入見(Vorurteile / Prejudice)」

本日の解説コラムでは、ドイツの哲学者ハンス=ゲオルク・ガダマーがその記念碑的な解釈学『真理と方法』において提示した、最重要概念である「先入見(Vorurteile / Prejudice)」を、さらに深く精読しておきましょう(ガダマー 2008)。この概念は、人文学の知を、単なる「個人の主観的なおしゃべり」へと貶める、新自由主義的な評価モノサシに対する強力な思想的防衛線となります。

ガダマーは、先入見を「理性的な判断の前にあらかじめ作動している前提条件」として定義し、それなしにはいかなる他者の理解(heeding)も起こりえない事実を論証しました(ガダマー 2008)。先入見とは、私たちが歴史や社会の文脈に拘束された具体的な主体(who)であることの証拠であり、他者と出会って自らを改訂(Revision)していくための、最も頑健なキャリア資本なのです。

0.4 結び ── 先入見という投影レンズを磨き直すディシプリン

これまでの三十年間の歩みを、他者に査定され、システムに最適化されるための「仕掛かりの帳簿」として扱い、自らを調整するのを今すぐやめましょう(Azambuja et al. 2025)。あなたの生の軌跡は、消去すべき過去のバグではなく、これからの激変する不確実な未来において、他者と対等に出会い、生の約束(契約)を宣言するための、世界にただ一つの「動詞のインク」なのです(Arendt 1994)。

リベラーツが用意した「対話の港」というコモンズの内側においては、安易な教養科目のつまみ食いやお世辞の交換は、対話の殺害として厳格に禁止されます(Knöchelmann 2019)。私たちは、お互いがけっして一つに溶け合わない「不融合(unmergedness)」な境界線を維持したまま衝突し、自律的な判断(約束)を引き受ける規律(ディシプリン)を稼働させるのです(バフチン 1995)。

社会的肩書きという名詞を脱ぎ、自律的な動詞のインクで自らの生を深く染めること。この約束の島から、技術に従属するマインドセットの調整を拒絶し、システムを異化・使役する新しい人文知のコモンズの歴史が始まります(「リベラーツ」学校理念)。評価シートのモノサシを脇に置き、他者の unmerged な声に耳を澄まし、自らの生の約束を宣言する一歩を、ここから共に踏み出しましょう。

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■総合参考文献リスト

  • Collini, S. (2012) What Are Universities For? Penguin Books.
  • Wilson, J. R. & Bulaitis, Z. H. (2025) “What Is Public Humanities?” Public Humanities, 1.
  • Jons, L. (2024) “Calling and Responding: An Ethical-Existential Framework for Conceptualising Interactions” Journal of Philosophy of Education.
  • Arendt, H. (1994) The Human Condition Chicago University Press.
  • Gadamer, H. G. (2008) Truth and Method (J. Weinsheimer & D. G. Marshall, Trans.). Continuum.
  • Bakhtin, M. (1995) Problems of Dostoevsky’s Poetics (M. Holquist, Ed.). University of Minnesota Press.
  • Azambuja, C. et al. (2025) “Closing the books or keeping them open: Identity work in partner retirement” Contemporary Accounting Research.
  • Walsh, W. H. (1951) An Introduction to Philosophy of History Hutchinson’s University Library.
  • Strathern, M. (1997) “‘Improving ratings’: audit in the British University system” European Review, 5(3).

Gemini Notebook は不正確な場合があります。回答は再確認してください。

リベラーツの挑戦と学習ガイド

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投稿者

  • 文化人類学者|社会人類学・アクターネットワーク理論

    早稲田大学大学院博士課程に在籍中、インドネシアとシンガポールへの留学を経て、文化・社会人類学の研究手法を体得。現在もフィールドワークを重視する研究者として活動。
    研究テーマは、東南アジアの国際移民研究から、BBCやNHKのドキュメンタリー番組制作過程の民族誌的研究、沖縄・韓国・マレーシアの民俗服飾の比較研究へと展開。近年は、伝統染織「読谷山花織」を事例に、市場的価値と社会的価値が織りなすネットワークの中で、いかに持続可能な発展が実現されるのかを追究している。
    特筆すべきは、コロナ禍でキャリアコンサルタント国家資格を取得した点。人類学者としての視座とキャリア支援の実践知を統合し、沖縄の伝統産業における技能継承や後継者育成の研究にその知見を活かしている。学問と社会をつなぐ姿勢は、リベラーツの理念にも通底する。
    主な著書:
    『シンガポール:多文化社会を目指す都市国家』
    『戦後アジアにおける日本人団体』
    『イスラーム事典』

     

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