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【人文知・第3回】人文学は「主観のおしゃべり」ではない ── リアル・ジェネラルの実在性

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リベラーツの挑戦と学習ガイド

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【人文知・第3回】人文学は「主観のおしゃべり」ではない ── リアル・ジェネラルの実在性

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3.1 趣味のおしゃべりと市場の諦念

「人文学や教養の学びなんて、結局は個人の主観的なおしゃべりや趣味の領域にすぎない」という、市場主義的な諦念を耳にすることは少なくありません。数値化可能な客観的データや、すぐに役立つ実用的なスキルだけを「実在する価値」とみなす現代の風潮において、哲学や歴史の対話は、客観的な証隔を持たない単なる「おしゃべりの寄せ集め」とみなされがちです。

しかし、私たちはここで立ち止まり、科学や客観性という言葉の前提そのものを、人文学独自の認識論によって鋭く問い直さなければなりません。人文学の知とは、けっして根拠のない妄想や、好みの交換のような薄い雑学のコレクションではありません。それは、人間世界の混沌に客観的な秩序を与えるための、きわめて厳格なディシプリン(規律)をはらんだ知の闘いなのです。

今回の対話を通じて、私たちは「客観的な実在」とは何かという根本的な問いを掘り下げていきます。それは、あなたのこれまでの三十年間の生活史を、単なる主観的な思い出話や自己美化(虚構)から救い出し、他者が heeding(聴き届ける)するに値する客観的な「歴史史料」へと昇華させるための、最も重要な認識論的な足場(第二のOS)を提供するステップとなるのです。

3.2 冷酷な客観主義の檻をデコードする

私たちは、日々の労働や企業組織のルールの中で、常に目に見える数値や測定可能な成果(It)だけを信頼するように訓練されてきました。売上高、顧客満足度、あるいは人事評価シートの評点。それらは「どこからでもない客観的ファクト」として扱われ、その基準に従って自己を調整(セルフ・アセスメント)することが、プロフェッショナルとしての唯一の合理的な生存戦略であると信じ込まされてきたはずです。

その結果、客観的な測定器で測ることのできない人文学の領域は、単なる「主観的な好みの押し付け合い」や、検証不可能な個人の感想にすぎないという市場主義的な諦念が生まれます。しかし、この冷酷な客観主義のルールそのものが、実は私たちの生の個別性や、言葉にならない不協和な抑揚を「測定不能なノイズ」として切り落とし、不可視化するための精緻な支配のテクノロジーでもあるのです。

人文学が対象とするのは、物理的な静止物として測定器にかかるような、シンプルな記号ではありません。人間が他者と衝突し、葛藤しながら培ってきた具体的な生の歩みや、歴史の奥に潜む意味の構造。それらは、測定器には一ミリもかかりませんが、私たちの日常的な判断や社会の現実を確かに支え、動かしている客観的な「実在」にほかなりません。人文学は、この不可視の実在をすくい上げるのです。

もし、人文学を単なる主観的な好みの寄せ集め(Grab-bag)として脇に置くなら、私たちは他者から与えられた評価シート(第一のOS)の内面支配に、永遠に従属し続けることになります。私たちは、科学や客観という名の聖典を前にして思考を停止するのをやめ、人間を自律的に生かすための「第二の客観性」、すなわち人文学独自のプラグマティズム実在論の地平へと跳躍しなければならないのです。

3.3 プラグマティズム実在論と「リアル・ジェネラル」

人文学における実在の正体を明快に定義するために、私たちはサミ・ピールストロムが提示した、プラグマティズム実在論の地平を精読する必要があります(Pihlström 2022)。彼は、客観の実在を「物理的な測定物(It)」だけに限定する素朴な実証主義を退け、人間世界を規定し秩序づける「解釈的実在(リアル・ジェネラル)」の存在を強力に擁護しました(Pihlström 2022)。

このリアル・ジェネラル(Real Generals)とは、物理的な測定器では直接測ることはできません。しかし、それは人々の具体的な行動の習慣、判断の傾向、あるいは社会的な規範(ルール)として、私たちの現実の中に厳然として作動している客観的な実在を指す概念です(Pihlström 2022)。たとえば、組織の歪みを前にして立ち尽くした、あなたのあの「葛藤の抑揚」は、リアル・ジェネラルなのです。

あなたの三十年間の職業経験の歩みは、単なる主観的な思い出のコレクションではありません。それは、これまでのキャリアを通じて、あなたが他者や社会と衝突しながら立ち上げてきた、具体的な判断や行動の習慣(リアル・ジェネラル)の客観的な蓄積にほかならないのです(Pihlström 2022)。人文学のディシプリンとは、この生のリアル・ジェネラルに、固有の命名を与える営みなのです。

ピールストロムは、人文学的な解釈の営みこそが、人間存在が抱える絶対的な個別性や不条理性を、単なるノイズとして切り落とさずに客観的な事実(意味)として組織するための、唯一の自律的な制度であると論じました(Pihlström 2022)。この解釈の実在性を引き受けることで、私たちは初めて、他者の評価モノサシから生の主導権を奪還し、自らの生の約束(契約)を宣言することが可能になるのです。

Pihlström, S. (2022) Toward a Pragmatist Philosophy of the Humanities,State Univ of New York,2022.

3.4 科学の客観性を支える「訓練された判断」の歴史

自然科学の客観性そのものが、実は解釈のディシプリンに依存している歴史の逆説を、ロレイン・ダストンたちの客観性史から解読しておきましょう(Daston & Galison 2007)。ダストンたちは、科学者が用いる写真や観測データすら、最初から客観的にそこに落ちていた物質ではなく、特定の解釈の訓練を経て制作された「加工物」であることを暴き出したのです(Daston & Galison 2007)。

十九世紀以降の科学の歴史において、何が客観データで何がノイズかを判別するためには、科学者自身の「訓練された判断」という解釈の規律が不可欠でした(Daston & Galison 2007)。科学の客観性とは、どこからでもない無私な視点から自動的に得られたものではなく、解釈者の主観的な規律によって支えられた歴史的構築物なのです。

この科学史の事実が教えてくれるのは、科学知と人文知は、客観と主観の二極対立によって引き裂かれるべきではないという、冷徹な認識論のリアリズムです(Daston & Galison 2007)。どちらの知問も、生の混沌とした事象を高度な解釈の規律によって組織し、意味の実在を発生させるための、自律的な「制作」の営みなのです(Nyhan et al. 2023)。

※ ロレイン・ダストンとピーター・ギャリソンは、現代の「科学史・科学哲学」の地平を牽引する、世界最高峰の二大知的巨人です:
ロレイン・ダストン(Lorraine Daston): マックス・プランク科学史研究所(ドイツ)名誉所長、シカゴ大学客員教授。客観性や真理、事実といった「客観的概念が、どのような歴史的プロセスを経て誕生したか」を解き明かす、歴史的認識論(Historical Epistemology)の世界的権威です。
ピーター・ギャリソン(Peter Galison): ハーバード大学ジョセフ・ペレグリーノ特別教授。専門は物理学史、科学哲学。科学者たちが用いてきた「図版や写真(視覚イメージ)」の歴史的役割を解読するパイオニアであり、ドキュメンタリー映像作家としての顔も持っています。

したがって、あなたの三十年の生の軌跡を「史料」として客観化し、そこに独自の概念を命名する行為は、科学者が観測データから物理法則を発見していくプロセスと、認識論的にまったく同等の知的厳格さを有しています。私たちは、お勉強としての教養のつまみ食いを排し、歴史家のような厳しい史料批判の規律を携えて、自らの生の歴史を客観的に作品化(歴史化)していく対話の闘いに挑むのです。

Daston, L. & Galison, P. (2007) Objectivity,Zone Books.

3.5 SWELL 2段組カラム:客観測定(It)と解釈的実在(リアル・ジェネラル)の対比

物理測定(Itとしての測定対象)

【物理測定(測定対象)】➔ 客観的な測定器によって数値化・静止化可能な物理的事象(売上高、KPI、評価シートの評点、AIモデルの出力、年齢、社会的肩書きなどの名詞)。他者から与えられた評価モノサシによって管理・整列(put-in-formation)され、自己矛盾的な従属を強いる支配のテクノロジーとしての性質をはらんでいます(Harari 2024)(Strathern 1997)。

解釈的実在(リアル・ジェネラル)

【解釈的実在(リアル・ジェネラル)】➔ 物理的な測定器では一ミリも測ることはできないが、人々の具体的な判断、行動の習慣、関係性の抑揚、倫理的な傾向、および規範(ルール)として、現実の社会生活のなかに厳然として作動している客観的な意味の実在(Pihlström 2022)。人文学のディシプリンによって客観記述され、命名・改訂(Revision)されるべき生の歴史資料です。

3.6 概念解説:リアル・ジェネラル(Real Generals)

・リアル・ジェネラル ➔

本書の認識論的・臨床的耐力壁として機能している最重要概念、サミ・ピールストロムの「リアル・ジェネラル」を、さらに深く精読しておきましょう(Pihlström 2022)。この概念は、人文知を単なる「個人の感想」や「趣味の言葉遊び」へと貶める、手段的な道具主義に対する強力な思想的防衛線として設計されたものです(Pihlström 2022)。

ピールストロムは、パースやジェイムズといったプラグマティズムの系譜を引き継ぎ、実在とは物理的な測定器にかかる物質(It)だけに限定されるものではないと説きました(Pihlström 2022)。私たちの間で共有され、具体的な行動の選択や、倫理的な判断の傾向を強力に規定している「意味の構造(ルール、関係性、傾向)」は、物理的な星や分子と同じように、厳然としてこの世界に客観的に実在しているのです。

たとえば、あなたがこれまでの三十年間のキャリアの中で、組織の歪みと戦いながら維持し続けてきた「正義の抑揚」や「試行の摩擦」は、単なるあなたの脳内の主観的妄想ではありません。それは、あなたと他者との具体的な関係性の間に立ち現れ、あなたの行動を実際に方向づけてきた、客観的な「リアル・ジェネラル」にほかならないのです(Pihlström 2022)(Azambuja et al. 2025)。

私たちは、この生のリアル・ジェネラルを、歴史史料として客観的に記述し、独自の総合概念によって「命名」する作法(ディシプリン)を身につけなければなりません(Walsh 1951)。自分の生を他者のモノサシで綺麗に自己アセスメントするのをやめ、自律的な歴史家として生の帳簿を閉じる(Closing the books)こと。この知的訓練を通じて、人文知は初めて生の「武器(OS2)」へと昇華するのです。

3.7 結び ── あなたの三十年を客観史料として作品化する

社会的肩書きという名詞(what)を脱ぎ、自律的な動詞のインクで生を深く染めること(「リベラーツ」学校理念)。この対話の港から、技術に従属する手段的調整を拒絶し、システムを異化・使役する新しい人文知のコモンズの歴史が始まります。評価モノサシを脇に置き、他者の unmerged な声に耳を澄まし、自らの生の約束をここから共に宣言しましょう(Jons 2024)。

人文学を学ぶために、なぜ私たちは、このように時間と労力をかけて、eスクールというコモンズに集わなければならないのでしょうか。優れた哲学書を本棚に並べ、自宅の書斎で静かに本を一冊精読するだけでは、なぜ決定的に足りないのでしょうか。その理由は、きわめて厳密な、私たちの実存のありように根ざしています。自らの声を他者の耳をとおして heeding(聴き届ける)するプロセスが必要だからです。

リベラーツが設計した「最大十スペース」の物質的アーキテクチャとは、単に講義動画を消費する学習システムではありません。異なる遠近法を背負った受講生たちがお互いの unmerged な声を heeding し合い、おせっかいという自律的な動詞を能動的に社会実装していくための、対話の港なのです(バフチン 1995)(Jons 2024)。

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■総合参考文献リスト

  • Pihlström, S. (2022) Toward a Pragmatist Philosophy of the Humanities Synthese Library.
  • Daston, L. & Galison, P. (2007) Objectivity Zone Books.
  • Nyhan, J. et al. (2023) On Making in the Digital Humanities UCL Press.
  • Azambuja, C. et al. (2025) “Closing the books or keeping them open: Identity work in partner retirement” Contemporary Accounting Research.
  • Jons, L. (2024) “Calling and Responding: An Ethical-Existential Framework for Conceptualising Interactions” Journal of Philosophy of Education.
  • Bakhtin, M. (1995) Problems of Dostoevsky’s Poetics University of Minnesota Press.

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リベラーツの挑戦と学習ガイド

【人文知・第2回】 四つの日本語と「使役の論理」 ── AIという社会技術システム

投稿者

  • 文化人類学者|社会人類学・アクターネットワーク理論

    早稲田大学大学院博士課程に在籍中、インドネシアとシンガポールへの留学を経て、文化・社会人類学の研究手法を体得。現在もフィールドワークを重視する研究者として活動。
    研究テーマは、東南アジアの国際移民研究から、BBCやNHKのドキュメンタリー番組制作過程の民族誌的研究、沖縄・韓国・マレーシアの民俗服飾の比較研究へと展開。近年は、伝統染織「読谷山花織」を事例に、市場的価値と社会的価値が織りなすネットワークの中で、いかに持続可能な発展が実現されるのかを追究している。
    特筆すべきは、コロナ禍でキャリアコンサルタント国家資格を取得した点。人類学者としての視座とキャリア支援の実践知を統合し、沖縄の伝統産業における技能継承や後継者育成の研究にその知見を活かしている。学問と社会をつなぐ姿勢は、リベラーツの理念にも通底する。
    主な著書:
    『シンガポール:多文化社会を目指す都市国家』
    『戦後アジアにおける日本人団体』
    『イスラーム事典』

     

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